和敬塾 新南寮ブログ

2019年4月より和敬塾南寮、乾寮、巽寮の3寮が合併します。3寮の個性を融合させた新南寮での日常を発信していきます。

沖縄旅行

こんにちは、この春から新南寮に入塾させていただくこととなり、今回ブログを担当させていただくこととなりました、ツイ廃のセキネンと申します。

さて、私たちは、「男の夏祭り」の直前である8月29日から9月1日までの4日間に、寮内で沖縄旅行に行ってまいりました。沖縄3泊4日で移動費、宿泊費込みで基本4万円台前半という格安プランだったため、参加者は25人も集まりました。当初は24人の予定でしたが、急遽O久保君が飛び入り参加しました。

8月29日(1日目)

1日目は沖縄への移動がメインでした。昼過ぎに荷物を持って寮を出発しました。寮事務はこの日初めて私たちが沖縄旅行に行くことを知ったようで驚いていました。護国寺駅から有楽町線、山手線、モノレールを乗り継ぎ、空の玄関羽田空港に到着しました。

Photo by セキネン

羽田空港から飛行機に乗って2時間半ほどで那覇空港に到着しました。その後、運転免許持ちの代表者5人がレンタカーを運転して、今回の旅行の宿、南西観光ホテルまで移動しました。ホテルに荷物を置いた後、ホテル付近の「とぅばらーま」という沖縄料理の店で沖縄料理と民謡を楽しみました。「とぅばらーま」とは「歌の島・芸能の島」と呼ばれる沖縄八重山地方を代表する民謡の名前です。あぐー豚の餃子やゴーヤチャンプルーシークヮーサージュース等、どれも美味しいものでした。20歳以上の先輩方はオリオンビールを嗜んでいました。

8月30日(2日目)

2日目は班別行動でした。私のいた班の行動は次のようになっていました。

青の洞窟→首里城美浜アメリカンビレッジ→夕食(ステーキ)

まず、「青の洞窟」でシュノーケリングを楽しみました。沖縄本島中部の恩納村にある「真栄田岬」の崖の下にある洞窟です。太陽光線の反射により海面が青く輝くことからこのように呼ばれています。しかし、台風の接近に伴い海が荒れていたため、船酔いのような状況になり、シュノーケリング中に嘔吐してしまいました。すると、私の周りにたくさんの魚が寄ってきました。

次に、「首里城」を訪ねました。3年前の火事で本殿は焼失していたため、再建の様子を見ることになりました。体育館ほどの大きさがある倉庫があったので、「これでは朱里体育館だ」という先輩の声に一同大爆笑でした。首里城の再建に貢献するという意味合いも込めて、お土産を買い漁りました。

その後、「美浜アメリカンビレッジ」を訪ねました。逃走中に登場する「エリア01」がここです。ハンターが乗っていた観覧車は残念ながら撤去されてしまいましたが、それ以外の部分は「エリア01」そのままに残っていました。屋台でタコライスを頼み、5人で分けて食べました。

最後に、国際通り付近の「ステーキハウス88」でステーキを食べました。この店は沖縄にしかないステーキ店で、その歴史はアメリカ軍統治時代まで遡るそうです。当時アメリカ軍が設けていた衛生上の基準を満たした証である「Aサイン」が店内に飾られていました。老舗なだけあって、味もとてもおいしいものでした。

8月31日(3日目)

3日目は午前中班別行動、午後は全体で水納島に行くという予定でした。しかし、台風の接近に伴い水納島に出る船が止まってしまったため、午前中に全体でビーチに行き、午後は班別行動ということになりました。「明日帰れるのか?」と心配する人も多く出てきました。

午前中のビーチでは海水浴を楽しみました。前日の反省から朝食べる量を減らしたのは正解でした。昨日以上に波が荒れていたため、何度も砂浜に打ち上げられそうになったのです。昨日と同じくらい食べていたら海水浴エリアで嘔吐という悲劇が起きていたように感じます。

午後は瀬長と美ら海水族館に行きました。瀬長では食べ歩きをしましたが、風が強かったためにいろいろなものが何度も飛ばされそうになりました。美ら海水族館への移動も悪天候の中長距離を移動するものだったのでかなり大変なものでした。一番大変だったのは間違いなく運転手のS水さんです。移動に時間をかけた分、オリンピックプール2杯分という世界最大級の水槽での初めて見る魚たちの眺めは格別でした。

9月1日(4日目)

台風の接近が心配でしたが、丁度この日台風が沖縄本島から少し南の方に行っていてくれたため、無事に飛行機が飛びました。そして私たちは和敬塾に帰ってくることができました。帰寮後、荷解きや洗濯をしてから首里城で買ったシーサーのナノブロックを組み立てました。それがこちらです。

Photo by セキネン

実は今回が僕にとって初めての沖縄旅行でした。初めての沖縄旅行を、和敬塾新南寮の仲間とともに楽しむことができたのでとてもいい思い出となりました。